ブーグロー「ホメロスと案内人」
広報テクノロジーの進化と経済効果(前編)
「企画広報」と「病院経営」の距離が縮まり “医療の質”に加えて、“経営の質”向上にも貢献
2014年01月16日
病院広報におけるSNSや動画ツール等の戦略的活用
筆者は毎年、NPO法人HIS研究センターが地域の中核医療機関と共催で行っている「HISフォーラム」を取材している。今年は岡山県精神科医療センター(中島豊爾理事長・名誉院長)が中心となり、11月29日、30日の両日、倉敷市で開催された。
同フォーラムでは倉敷中央病院の見学会等もあったが、一番の眼目となるのは全国の病院の企画広報担当者が発表する「全国病院広報研究大会」。17回目を迎える今大会では第一次審査を通過した11病院がプレゼンテーションを行った。手稲渓仁会病院(北海道)、榊原記念病院(東京)、名古屋日赤病院(愛知)以外の8病院は、全て中国・四国・九州・沖縄の病院で占められ、正に“西高東低”の様相。関西圏の病院の事例発表が無かったのは少し寂しかったが、例年にも増して非常にレベルの高い内容であった。
昔は紙媒体の病院広報誌を主体とした内容が多かったが、今回は紙媒体単体に言及した事例はなく、インターネット等の各ツールと組み合わせたメディア・ミックスによる、戦略的活用事例が数多く報告された。またフェイスブック等のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)や、YouTube、デジタル・サイネージ等の動画ツールを積極的に活用する病院が増え、広報テクノロジーの進化に驚かされた。今回特に目立ったのは、広報活動の経済効果に関して具体的なアウトカムを提示し、実際の病院経営への貢献度を検証した発表事例が少なくなかったこと。「病院経営」と「企画広報」の距離間が縮まり、企画広報の重要性を認識する病院と、そうでない病院との間で今後、相当な差が出てくるのではないかと痛感させられた。今回と次回の2回に分けて、同大会で発表されたユニークな広報事例を幾つかレポートしていきたい。
院内広報から経営戦略ツールとして発展した「DPCマンスリー」
最初に同大会で優秀賞に輝いた北九州市・(社医)製鉄記念八幡病院 医事部医事課 経営管理部企画課の秋吉裕美氏(診療情報管理士)による発表を紹介したい。同病院は1900年の開設で113年もの歴史を持つ453床の高度急性期病院。地域医療支援病院の届出を行っており、下肢血管領域では全国でもトップクラスの治療実績を誇る。
2006年にDPCを導入したが、翌07年5月より全職員にDPCに関する正しい理解とチーム・アプローチを促すために「DPCマンスリー」と言う院内ニュースを、毎月編集・発行するようになった。「“医療の質”の改善には(1)コミュニケーション(2)情報の共有化(3)チーム・マネジメント―の3つの視点が重要だが、DPCのチーム・アプローチには未だ課題が残った。特にDPC活動の院内全体への周知と浸透、成果測定の難しさ、活動推進のコーディネーター役の不在等が挙げられた。これら全ての問題解決に向けて、DPCマンスリーによる院内広報に着目した」と秋吉氏は語る。
同院では秋吉氏ら医事課職員がコーディネーター役を担い、DPCデータの可視化や情報の共有化を進めていった。成果のフィードバックを実施するに当たって、「DPCマンスリー」は有効な広報ツールとなった。体裁はA4サイズ・オールカラー1ページで、ビジュアルを重視してイラストや図表を多用し、読み易い工夫を加えた。全職員への情報発信には、E-メールやイントラネット、プリントアウトして皆に配布する等、多様な方法を取り、これまでに84号を数えた。また一方通行的に情報発信するだけでなく、医事課職員が「DPCマンスリー」を使用して医師に説明会を開催。各科カンファレンスにも参加する等、チーム医療の推進へ有効に役立てている。
チーム・アプローチの具体的な成果としては、栄養管理部門から「特別食のオーダーが増えない」と問題提起が行われたことに対して、推進出来ない問題点の抽出や改善点を全員で洗い出し、院内全体に協力を呼び掛けることによって、チーム医療活動を推進した。
その結果「栄養管理部門が医師との直接のコミュニケーションが図られ、特に外科部門では特別食のオーダーが倍増。同マンスリーの活用によって、医師、看護部門、リハビリテーション部門、検査部門、MSW、医事課等が可視化したデータを共有でき、多職種が自発的なアクションを取るようになり、PDCAサイクルが実現された」と秋吉氏は指摘する。同マンスリー導入の経済効果を独自に試算したところ、昨年度は約4200万円、本年度は7000万円の収益アップに結び付いた。患者さんにとって「医療の質」向上に加えて、病院職員に達成感のある「経営の質」向上に繋がり、単なる院内広報ツールではなく、経営戦略ツールとしての力を発揮しているようだ。
“働きやすい職場環境”を打ち出した求人広報で「7対1」看護取得
次に広島県の(医社)井野口病院・企画課広報係の平野真司氏の発題「看護師採用のための広報活動」の内容を紹介したい。同院は188床の民間病院だが、2006年の診療報酬改定で「7対1」看護入院基本料が導入されたことから、近隣の病院で看護師の争奪戦が始まった経緯を紹介。同院の在る東広島市には看護学校が無く、新卒採用がゼロの時期もあり苦戦を強いられ、「10対1」をキープするのがやっとの状態で推移してきた。
「当院は中核都市から離れており知名度も高くはないことから、病院説明会等でも人が集まらず、実習病院の繋がりのある大規模病院には勝てない状況が続いた。こうした環境下で、看護学生を惹きつけるPR活動が必要と考えた。そこで、まず基本に返り“当院で働いている看護師が、なぜここで働いているのか?”と訊くアンケート調査を実施した。その結果、当院の魅力とは“明るく風通しの良い、働きやすい職場風土”であることが分かった」と平野氏は指摘する。求職ガイダンスで使用する病院ガイドには、過去には卒後教育の内容やキャリアアップ支援、子育て支援等を羅列していたが、これらは大規模病院でもやっていることなので、特に差別化が図れなかった。同院の魅力をアピールするため、「井野口病院が好き!」と言う目を引くキャッチコピーを使い、働く先輩ナースの明るい表情をとらえた写真を多用した。ブースに来てくれた看護学生には、同院の発行する広報誌「マンスリー井野口」を手渡した。同誌には研修会や同好会の内容等が、毎月、分かり易く掲載されている。また各看護学校に張ってもらうポスターにも、同院で働くOBに在校生に向けてのメッセージを書いてもらった。その結果、病院見学説明会の参加者が増加し、同説明会では先輩ナースと看護学生のお茶の席、記念撮影等も行った。
同院では2013年の春からデジタル・サイネージを導入し、その中では中途採用者の紹介や、互助会のイベント、職員のサークル活動やペット自慢、職員のお誕生日祝いや、福利厚生のお知らせ、広報誌のダイジェスト等を掲載。“明るい職場”の雰囲気が伝わるように工夫をした。これらのコンテンツは、院内コミュニケーションの円滑化にも有効となり、「働きやすい・風通しの良い」職場づくりに大きく貢献した。
これらの戦略が功を奏し、ここ2年間は徐々に離職率が低下し、病院見学説明会の参加者や新卒採用者が増加。看護師数も充足し、「7対1」看護入院基本料の届出をすることが可能になった。
(医療ジャーナリスト・冨井淑夫)
広報テクノロジーの進化と経済効果(後編)
+2014年診療報酬改定の新機軸
徐々に明らかになってきた改定項目、消費税増税 補てん分を除くと、実質1.26%のマイナス改定
2014年02月14日
前回に引き続き、NPO法人日本HIS研究センターが昨年11月に開催し、筆者が取材した第17回「全国病院広報研究大会」事例発表の内容を紹介するが、2014年診療報酬改定の内容が少しずつ明らかになってきたので、後半は少し趣向を変えて、同改定で注目すべきポイントを幾つか紹介したい。具体的な診療報酬点数が未確定のため、今後の医療の提供体制に大きな影響を与えそうな新機軸に絞り、一部の項目のみを紹介し、より具体的な内容は次回以降で検証したい。
院内放送局を開設して
楽しい動画番組で情報発信
福岡県糸島市の糸島医師会病院(150床)は、病院の中に「放送局」という病院職員による自主参加型チームを立ち上げた。病院内の各部署が行っている医療活動を「広報」するには、ホームページの掲載や広報誌の活用等が考えられるが、多くの人々が関心を集め、病院への理解を深めるためには、動画を使った表現が最も効果的と考えた。
同院では広報委員会の下部組織として、ホームページ委員会が存在するが、ホームページに掲載する動画を企画・制作するチームとして動画委員会を作り、略称として「放送局」と名付けた。最高責任者は病院長で、放射線技師が院内放送局局長を務める。撮影チーム、動画に登場するレポーター、アシスタントも含めて、10人前後の陣容で活動している。視聴者のターゲットは、入院・外来患者、更に同院に入職するスタッフが対象となる。
「放送局」では企画会議に基づいてシナリオを作成し、シナリオに沿って撮影・編集を行い、掲載するという流れになる。1番組は5分程度の長さで、2ヵ月単位で新番組を掲載する。放送局の活動は個人参加のクラブ活動と同等の扱いで、人件費等は発生せず、必要機材は出来る限り手作りにすることで、低コストによる運営を可能にしている。
カメラは備品のホームビデオを使用し、照明は同院の作業用スポットライトを借りて、レフ版等は手作りで行った。
各部署の紹介や院内行事のニュース等について、病院職員のレポーターが素人目線で取材し、動画を作成してホームページやYouTubeに連動させ掲載する広報スタイルを確立した。動画に関する患者からの感想では、「病院長・看護部長へのインタビューは、文章だけでは伝わらない思いが伝わった」、「病棟の医療・看護の方針がよく伝わり、どんな思いで患者に接しているのかがよく分かった」等の声が多く、好評だ。なお糸島医師会病院のホームページから動画へ容易にアクセス出来るので、興味のある方はご視聴頂けたらと思う。
地域医療サポーターを養成し
予防と適正受診を促す
福岡県飯塚市に在る(株)麻生 麻生飯塚病院(1260床)は地域医療支援病院であり、ER(救命救急センター)を有する同市の基幹病院として地域に貢献してきた。この地域では数年前から、近隣医療機関の医師や看護師の不足による「診療科閉鎖」や、「入院受け入れ能力低下」が目立ってきた。同院への負担が増大し、ER受診者の約8割が軽症患者で占められる事態を招いていた。このままでは地域で医療崩壊が起こりかねないことから、地域唯一のERを円滑に機能させるために、地域住民に対して適正受診を促進するための広報活動が必要と考えた。地域住民に当事者意識を持ってもらい、限られた医療資源を有効に活用するために、同院では2010年から「地域医療サポーター制度」(以下、同サポーター制度)というものをスタートすることとなった。
同サポーター制度とは【1】自分の健康は自分で守る(病気の予防)【2】医療機関と上手に付き合う(適正受診)-の2つの視点から、実践・周知してくれる仲間を地域で養成し、認定しようとする試みだ。同サポーターとして認定されるためには、2ヵ月に1回開催される「地域医療サポーター養成講座」を、年間3回、受講することが求められる。
同サポーターにはレギュラー、ゴールド、プラチナの3種類があり、各々のサポーターの活動実績によって、グレードアップする仕組み。同院ふれあいセンター広報室によると、サポーター受講者は予想以上に増加し、昨年、11月段階で認定者はレギュラー591名、ゴールド110名、プラチナ6名にも及んでいた。同院ではガイドブックの制作や講演会の開催等を行って、サポーターの活動を支援。最も積極的な情報発信を行っている「プラチナ・サポーター」による講演は、これまでに28回が確認された。医療関係者やメディアの関心も高く、取材や見学の申し込みが後を絶たない。同サポーターの活動によって、一次患者のER受診は年々、減少する一方で、二次・三次患者は増加傾向で推移し、ERとしての本来の機能を発揮できるようになった。なお麻生飯塚病院の発表は、同事例発表で最優秀賞に輝いた。
新機軸は主治医機能の評価と
認知症医療支援診療所に注目
さて2014年診療報酬改定は周知の通り、消費税引き上げによる医療機関・薬局の損税負担分に対して、必要額5600億円(改定率1.36%)が確保されたが、全体では+0.10%にしかならず、消費税分の補てんがなければ、実質は-1.26%というマイナス改定となった。
ただ現時点の情報で確定とは言えないが、外来患者に関しては、初診料が従来の270点から12点アップの282点に、200床未満・診療所における再診料は従来の69点から3点アップの72点に。200床以上の病院の外来診療料は70点→73点にという案が有力となっているようだ。事情通によると「厚生労働省は基本診療料の枠組みの中で、消費税補てん分の+1.36%分をカバーしたいようだ。入院料も全体で約2%のアップになる」と予測する。
今改定の外来医療において最も注目される新機軸としては、200床未満の病院・診療所を対象にした主治医機能点数の新設だろう。以前の後期高齢者医療制度とよく似ているが、批判を浴びた同制度のように、年齢による区分は行われない。外来の機能分化における主治医機能のあり方を踏まえ、対象患者に高血圧症、糖尿病、脂質異常、認知症という4つの具体的な疾患名を出してきたのが注目される。更に服薬管理に関して、当該患者が処方されている薬を一元管理する機能が求められる。主治医機能の評価は包括点数で行われ、選択制になる。中医協ウオッチャーによると、「健康管理・相談、介護保険制度の説明に加えて、外来から在宅医療まで継続した医療の提供、24時間対応まで求められるので、結構、高い点数設定がなされるのではないか」と強調する。ただ予想以上に高い点数設定になると、患者負担も増え“患者離れ”が起こる可能性があるので、患者数が少ない小規模診療所等では慎重な対応が必要だ。
主治医機能は地域包括ケアの整備が進められる中で、重要な役割を果たしていくと思われるが、同様に新設される機能強化型訪問看護ステーション(仮称)も、地域包括ケアの中核的役割を果たす施設として期待される。現在、殆どの同ステーションは常勤換算5人前後と小規模だが、大規模化してケアマネジャーも常駐し、24時間対応、重症患者の対応、看取り等が出来るようにする。事情通は「厚生労働省は7対1看護取得を断念した一定規模の病院では看護師の余剰人員が出来ることから、機能強化型訪問看護ステーションに移行していきたいとの考えがある。病院機能を“入院”から、“在宅”にシフトさせるための政策誘導と考えられる」と話す。
最後に厚生労働省はオレンジ・プラン(認知症施策推進5ヵ年計画)を進める中で、「認知症疾患医療センターの診療所型」として、認知症医療支援診療所(仮称)を新設する。現在、全国で認知症の早期診断を行う認知症疾患医療センターが237施設あるが、認知症患者の激増に追いつかないことから、長い待ち時間が課題になっている。そのため小規模診療所で認知症専門医がおり、臨床心理士、PSW等の専門職が専任で勤務していることを条件として、診療所型を認めていく考えだ。MRIやCT、SPECT等の高度医療機器を有していなくても、連携でも可とする。認知症疾患医療センター、同診療所を合わせて、全国で500施設を整備していく方針だ。これら新機軸の詳細については、点数が明らかになってから、改めて細かい内容を紹介したい。
(医療ジャーナリスト・冨井淑夫)