(左)大谷郁代「横顔}
(右)大谷郁代「gift」
痴呆の評価について
すこし、痴呆症に関して勉強しましょう。2つほど文献を挙げています。
後者では、ここに挙げていないスケールも少し紹介されています。
ありましたらご容赦ください。
◆◆◆ 痴呆症を正しく理解するために◆◆◆ |
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はじめに |
「痴呆 評価と治療」
飯島 節 (筑波大学心身障害学系)
ポイント
・痴呆の評価では、認知機能ばかりでなく、行動や心理面の評価も必要である。
・痴呆患者からは協力を得られ難いことから、行動の観察や介護者からの情報に基づく評価が重要である。
・進行した重度の痴呆患者ではわずかに残された能力の評価が大切であり、意欲の指標(vitality index)やミニコミュニケーションテスト(MCT)の活用が期待される。
痴呆の主な原因と鑑別
痴呆とは、いったん正常の発達を遂げた成人に認められる、全般的な知的機能障害と人格変化を中心とする症候群である。原則として進行性で、通常は脳の器質的疾患によって生じ、生理的加齢による知的機能低下とは区別される。痴呆をきたす疾患には、血管性痴呆、Alzheimer病、Lewy小体型痴呆、前頭側頭型痴呆、Creutzfeidt-Jakob病など多数の種類がある。
一方、高齢者においては、こうした痴呆疾患と区別し難い精神症状が、さまざまな原因によって出現する。このうち、薬物中毒、内分泌代謝疾患、各種臓器不全、精神疾患などによる場合には原因治療によって回復する可能性があるので、治療可能な痴呆(treatable dementia)と呼ばれて注目されている。なかでも、せん妄と痴呆の鑑別は重要で、せん妄は軽い意識混濁の上に精神運動興奮、幻覚、妄想などが加わった状態で、各種の全身疾患や薬物中毒によって出現し、比較的急性に発症し、症状に動揺がみられること、特に夜間に増悪しやすいことが特徴である。
近年注目されている概念に、mild congnitive impairment(MCI)がある。これは、明らかな記憶力の低下があるものの、いまだ痴呆には至っていない状態であり、予防や治療が最も期待できる対象である。MCIと診断された高齢者のおよそ十数%が毎年Alzheimer病を発症し、3~4年で約半数が痴呆化すると推定されている。
痴呆の評価
痴呆の症候は、いわゆる中核症状と呼ばれる記憶障害や見当識障害と、妄想、徘徊、暴力などの周辺症状からなる。したがって、痴呆の評価においては認知機能の評価のほかに行動や心理面の評価も必要である。また、痴呆患者からは評価に対する協力を得難いことから、行動の観察や介護者からの情報に基づく評価が重要であることが多い。
一般成人の認知機能を評価するために世界的に最もよく使用されている検査法はウェクスラー成人知能検査法改訂版(Wechsler
adult intelligences cale revised:WAIS-R)であるが、高齢の痴呆患者では実施できないことが多い。高齢者では、Mini-Mental State Examination(MMSE)や改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Revised Hasegawa’s Dementia Scale:HDS-R)が汎用されている。これらの検査法は外来診療のような限られた時間内に痴呆の可能性のある患者をスクリーニングするのに有用である。Alzheimer病患者では、治療薬の効果判定などにAlzheimer病評価尺度(Alzheimer’s disease assessment scale:ADAS)がよく用いられ、最も簡便なスクリーニング法には、時計描画テスト(clock drawing test)がある。
観察によって痴呆の重症度を評価する方法には、Gottfriesらによる痴呆症評価尺度(Gottfriea-Brane-Stean dementia rating scale:GBS)や柄澤式老人知能の臨床的評価基準などがある。痴呆の全般的な進行度の評価には臨床痴呆評価尺度(clinical dementia rating:CDR)が用いられることが多く、Alzheimer病の病期分類にはfunctional assessment
staging of Alzheimer’s disease(FAST)が有用である。
わが国では、厚生労働省による痴呆性老人の日常生活自立度判定基準(1993年10月26日厚生省老人保健福祉局長通知)が、介護保険制度における主治医意見書などに使用されているが、信頼性や妥当性の検討が行われていないという問題がある。一方、進行した重度の痴呆患者ではわずかに残された能力の評価が大切で、こうした患者の意欲を評価する方法に意欲の指標(vitality index)があり(表1)、残存コミュニケーション能力を評価する方法にはミニコミュニケーションテスト(mini
communication test:MCT)がある。
痴呆の周辺症状は近年、「痴呆の行動心理学的症候(behavioral and psychological
symptoms of dimentia:BPSD)」という用語で表現されるようになり、行動の異常(behavioral symptoms)と心理学的な症状(psychological
symptoms)とに大別される。前者には、攻撃性、大声、不穏、焦燥性興奮、徘徊、不適切な行動、性的脱抑制、収集癖、暴言、つきまといなどがあり、後者には幻覚、妄想、不安、抑うつなどがある。一般に前者は患者の日常生活を観察することによって評価され、後者は面接によって診断される。BPSDは著しく介護負担を増大させ、患者と介護者双方の生活の質(QOL)を損なうことから、中核症状にも増して重要な治療対象となり、これを評価することは治療方針の決定や経過観察に不可欠である。
BPSDのうちで、特に介護者のストレスの原因となる問題行動を評価する尺度に、dementia behavior disturbance scale( DBD scale)、behavioral parhology in Alzeimaer’s disease rating scale(BEHAVE-AD)、neuropsychiatric inventory(NPI)などがある。DBD-scale(表2)は介護者に対する28項目の質問からなる尺度であり、各項目について「全くない(0点)」から「常にある(4点)」までの5段階で評価し、総得点(最高112点)を求める。
表1 意欲の指標(vitality
index) |
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1)起床(wake up)
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2)意思疎通(communication)
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3)食事(feeding)
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4)排泄(on and off toilet)
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5)リハビリテーション、活動(rehabilitation、activity)
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除外規定:意識障害、高度の臓器障害、急性疾患(肺炎などの発熱) |
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判定上の注意 |
表2 DBD scaleの質問項目 |
1.同じことを何度も何度も聞く |
痴呆の治療
treatable dementiaの場合には、できる限り原因療法を行う。脳の器質的疾患に伴う痴呆の場合には、今のところ満足できる原因療法はなく、対症療法を行うが、これには薬物療法と非薬物療法がある。
痴呆の中核症状に対する薬物としては、抗コリンエステラーゼ薬である塩酸ドネペジルがわが国では唯一使用可能である。塩酸ドネペジルは軽度から中等度のAlzheimer病に対して有効とされているが、実際には著効を示す場合とほとんど効果がない場合があるため、効果のある症例をあらかじめ判別する方法や、Alzheimer病以外の痴呆疾患への適用可能性が検討されている。
一方、周辺症状には薬物療法の効果が期待できるものがある。幻覚、妄想、患者自身に危険を及ぼすほど高度な精神運動興奮、パラノイア、せん妄などに対しては、ハロペリドールやリスペリドンなどの抗精神病薬が有効である。うつ状態が認められる場合には抗うつ薬を、不安や緊張が強い場合には抗不安薬を用いることができる。ただし、高齢者では抗精神病薬による有害作用が出現しやすいことに注意が必要で、抗精神病薬を鎮静のみを目的として使用することは、薬理学的に患者を拘束することを意味するので、厳に慎まなければならない。
非薬物療法(精神療法や心理社会療法)が数多く試みられているが、残念ながらその効果を証明する信頼できるデータは乏しい。非薬物療法に期待されることは、認知機能の改善よりも、情緒の安定や不安の除去などによって行動面の問題を軽減することであろう。また、介護者に対する教育や環境整備などにも取り組む必要がある。
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